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銀行に行った時に、窓口の受付で、番号札を取って待っていると、窓口に人がいないのに、次の人が呼ばれていない時、
「お姉さん、モタモタしないでよ」
と、イライラしながら見てしまう時ありませんか?
市役所に行った時に、待合室で沢山人が待っているのに、窓口の人は、テキパキやっているが、奥にいる、上司っぽい人達が、雑談している光景を見た時、
「お前らも、窓口、手伝ったらんかい!」
と、思った事、ありませんか?
お役所あるある、と言うぐらい、何故かこういうエピソードは、よく聞きます。
お役所仕事を調べてみた
もちろん、役所の窓口で、テキパキこなしている人もいるはずなのに、何故、こんなに、仕事ができないような例えで使われてしまうのか?
意味としては、役所が上から見下している事の例えの様に使われているので、
大柄な態度で対応している様を言っているのか?
調べてみたところ、
「縦割りで、決まった仕事しかしない」
「形式的で非効率な作業の例え」
という事が、辞書に載っていた。
きっと、日本の歴史で、お役人が、平民をあしらっていたから、見下される「やっかみ」と、
仕事の質ではなく、アルバイトのように、決まった時間に就業しているというステータスで接客業をやられた時の、サービス概念の無さが、
客としている人の、カンに触るという事なのだろう。
会社で考えてみた
どこの会社でも、プロフィット部門と、製造部門と、コストセンターという構造になっていると思うが、
接客業をメインとする、プロフィット部門から見た、コストセンターは、多かれ少なかれ、こう言った感情を抱かれているに違いない。
僕の経験上、この構成の会社では100%そうでした。
悪いところでは、これを口に出して、露骨に罵り合っている場面も見たことがあり、
とても耐えられる現場ではありませんでした。
不公平感は一方的ではない
プロフィット部門の人は、「自分たちが、遅くまで残業しているのに、コストセンターの人達は、必ず定時上がりと言うのは、不公平だ」と考えていて、
一見、可哀想に思えるが、コストセンターでは、「彼らは、資格やスキルが低く、失敗を尻拭いさせられているので、無造作に巻き込まれないために、なるべくルールを設けたい」と、思っているとしたら、そちらも理解出来る。
よくある社会の構造で、どちらが悪いということではなく、相手の不満を言っているだけなので、この場合は、お互いにワガママを言っているだけなのである。
我慢なんて出来るわけがない
もちろん、相手のワガママをそのまま認めることなんて出来るわけがない。
ワガママだと分かったら、より、怒りがこみ上げてくるに違いない。
ここまで行ったら、もう、相手が良いか悪いかという判断が出来ない状態だろう。
そんな会社の後日談は、人がどんどん去っていくだけになるでしょう。
方法はあるのか?
出来ることなら、誤解のある部署同士で、作業の入れ替えをやってみると、少なくとも相手の事が少しは理解できるのではないかと思う。
上司と部下であれば、1日でもお互いの役割を入れ替えてみても面白いかもしれないし、
経理が営業に行く事も、全くできないわけでもないだろう。
きっと、ただのコミュニケーション不足の問題で、知らないことが、相手への不満に繋がっている事も少なくない。
コミュニケーションが下手な人は面倒くさい
正直、いがみ合う人は、コミュニケーションが上手く無いのだと思うし、そういう人は自覚もなく、
一緒にいると耐えられない空気にもなる。
こういう人を変えられる手段があると、本当に良いのに、と思うが、今のところ答えはない。
そんな自分の、コミュニケーションの限界を感じる。
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