人は自分の現在の状況について、何かしら元になった
きっかけが存在するものです。
もちろん、「きっかけなんて何もない」なんて人もいるかもしれませんが、大体の場合にきっかけは存在します。
そしてそのきっかけは、千差万別であり、似たようなものはあるけど、全く同じものは存在しない、指の指紋のようなものでもあります。
ちなみに、自分がプログラミングを仕事にしているきっかけは、中学校の時に親父に買ってもらったMSXというマイコンと言われていたパソコンでどうしてもゲームでたくさん遊びたかったからです。
興味がある人は、以前に書いたブログを読んでみてください。
自分ストーリー#親父編 : https://blog.myntinc.com/2022/08/blog-post_14.html
きっかけはチャンス
英語に翻訳するとChanceです。
チャンスと聞くと、ポジティブな要素を思い浮かべませんか?
でも、日本語の「きっかけ」は、良いことも悪いこともあるような気がします。
思考のお国柄を考えてしまいましたが、基本的に悪いきっかけでも、好転するかどうかのチャンスと捉えると、なんだかポジティブに考えられますね。
あなたのこれまでの人生で一番のきっかけは何ですか?
この質問に対して、どう答えますか?
一番最近のきっかけを答える場合もあれば、自分の今の現状の環境になった経緯などを話す人もいます。
自分のきっかけを思い出すことは意外と自分に対するいいきっかけになるかもしれないので、是非このブログを読んでいる人は、自分のきっかけログを思い返してみてはいかがですか?
人との出会いというきっかけ
人生を左右する大きなきっかけは、友達や恩師、結婚相手や、ふとしたタイミングでの
人との出会いです。
会社に入社した時の上司は、必然的な出会いのような感じもしますが、どれも全て偶然の出会いです。
たまたまその場に居合わせた人たちとの偶然の出会いで、自分の人生が良くも悪くもなります。
でも、悪い出会いと感じたら、その人と距離を取ればいいし、良い出会いと感じたら、その人ともっと距離を近づけたりより深い関係に発展すればいいだけなんですよね。
大きな困難に出会うきっかけ
個人的に意識しているのが、この
大きな困難に出会うきっかけです。
困難に遭遇した当事者の人たちは、みんな自分一人だけが苦しむ孤独を感じてしまいます。
誰かに助けを求める人もいれば、ナニクソ根性で乗り越える人もいますが、困難を感じてなんとか乗り越えることができたら、人生のレベルが一段アップします。
「自分にはムリゲー」として、逃げてばかりの人は、延々とレベルアップできない人生を進んでしまうんですけどね。
重要な選択のきっかけ
思い返せば人生の岐路となった、
重要な選択の分岐点というのを思い出す人もいるでしょう。
高校生の時に、どの大学に行くかという選択でその後の自分の人生が大きく変わるし、
社会人になる時に、どの会社に就職をするか(最近では、起業するなんて選択肢もあるかも)で、自分の人生の方向性がほぼ決まってしまいます。
実際には、どんな選択をしても、その後の選択でまたさらに大きくかわるので、あまり先の事を心配せずに、その場その場で自分の思考で選択して後悔しないことが重要だと思いますね。
不慮の事故によるきっかけ
事故というのは、人生を左右すると同時に、ネガティブな要素しか残さないきっかけです。
自分が引き起こしてしまう事故もあれば、交通機関などに乗り合わせている時に、偶発する事故のパターンもあります。
震災や犯罪などのように、自分では防ぎきれないのも、不慮の事故によるきっかけですが、
これらは、巨大な困難なきっかけとして、大きく飛躍するという人も中にはいますが、できれば事故には会いたくないですよね。
バタフライエフェクトなきっかけ
日本語では、
風が吹けば桶屋が儲かるということわざで訳される、
バタフライエフェクトです。
一見関係ない事象でも将来的に大きく起因してしまうということで、何か自分にとって大きな事象が合った時に、それが昔のフとした事がきっかけであることを思い出すことがあります。
昨日から何だか手足が痛いな〜と思ったら、そう言えば数日前に部屋の片付けをした時の筋肉痛だと気がついた時に、地味なマイクロ・バタフライ・エフェクトだと感じたことがありました。
ラッキーなきっかけ
多くの人が購入することでなりたっている、宝くじは、ラッキーという言葉以外にはありえないきっかけです。
もし、宝くじにラッキー以外が存在したら、それはもう出来レースですからね。
「どこそこの宝くじ売り場が当たりやすい」なんていっても、確率は全ての宝くじで同じという論理思考で考えると、なんだか率の悪いきっかけの用な感じがして、今現在では購入をしなくなってしまいました。
それ以上のラッキーは人生にたくさん、きっかけとして転がっていることに気がついたからですね。
自分が変わるきっかけ
とにかく何かの要因で
自分が変わることができるきっかけというのが、存在します。
人は基本的には変化を嫌う生き物で、永遠に同じことを繰り返していくことで安心感を感じてしまうようです。
もちろん、そうしたマンネリを嫌う人もいますが、それでも長期休暇にはどこかに旅行に行き、今流行りのものを周囲の人に合わせるように選択するようにするのも、思考や習慣のマンネリです。
もちろんマンネリが好きな人もいるし、とにかく自分が変わることを嫌う人が多いというのも事実です。
これは、外的要因で自分を変えなければいけないという場面で多くの人が、変わりたくないと感じてしまうんですが、
普段から変化に強い思考を持っている人は、外的要因なのか自発的な要因なのかは関係なく、自分が変わっていくことを、ポジティブなきっかけとして考えるようになります。
人に与えるきっかけ
他人からのきっかけで、自分の人生やその後の何かに影響することがあります。
これは自分が変わった視点でのきっかけですが、逆にそのきっかけの元になった人は、人にきっかけを与えたという事をどのように意識しているのか?と考えた時に、
多くの場合あまり意識できていないような気がします。
マンガが好きで、自分が特にお気に入りの漫画家さんがいたとしたら、その人に憧れて、その人がきっかけで漫画家を目指すようになったとしても、
憧れた漫画家さんはその事を知らないことの方が多いでしょう。
プロ野球やサッカー選手なども同じだし、不特定多数に何かをアウトプットしている人も同じ用に誰かにきっかけを与えているなんて、気がつくワケがありません。
でも、ひとりでも多くの他人にきっかけを与えられる人って、なんだかすごく素敵な存在だと思いません?
これはアウトプットをしている人しかあり得ない事だということも合わせて理解できます。
あとがき
毎日書いているこのブログも、たまにご意見ご感想をいただくことがあります。
誰かの何かの役に立っているということは、人生が豊かになる非常にいいきっかけになるモノですね。
お互いにきっかけを与えあっているなんて、なんだか無限の可能性を感じる、永久システムのようにも思えてきました。
フとした小さなきっかけに気がつけるかどうかも、自分を試されているような気がするので、毎日きっかけ探しをするのと同時に、
自分からきっかけを作り出せる、きっかけクリエーターになるのも悪くないと感じた今日のブログでした。
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