
インターネットが一般家庭に普及し始めの頃、誰もが、
「誰でも簡単に情報を手に入れられるようになれば、誰でももっと賢くなるはずだ」
と思ったはずです。
確かに、昔と比べると自分たちは驚くほど多くの情報にアクセスできるようになりました。
スマートフォンを開けばニュースが読めるし、動画サイトでは専門家の解説も無料で見られます。
分からないことがあれば検索すればすぐに答えが見つかります。
辞書や書籍が売れなくなったという話は、耳タコの眉唾です。
しかし、不思議なことに気がついちゃったんですね。
インターネットがここまで普及したにもかかわらず、
「情報弱者」と呼ばれる人たちは
いなくなるどころか、むしろ
増えているように思えるんですよ。
なぜ、そうなのかということを今回はブログで解説してみたいと思います。
昔は情報が少なかった
今から数十年前、情報を得る手段は限られていました。
テレビ、新聞、雑誌、本、そして人からの口コミ。
その中から
情報を集めるしかありませんでした。
もちろん、そんな時代にも情報格差はありました。
しかし、多くの人は
同じニュースを見て、
同じ新聞を読み、
同じ話題を共有していました。
情報源が少なかったため、選択肢も少なかったのが当時の当たり前でした。
ところがインターネットの登場によって、状況は一変したんですよ。
誰でも自由に情報を発信できるようになり、
世界中の情報にアクセスできるようになったのです。
本来なら、これは素晴らしいことのはずですよね?
でも、そんな情報過多な状態なのに、何故情報弱者が増えるんでしょう。
問題は「情報が多すぎること」
人間の脳は、
無限に近い情報を処理できるようには作られていません。
インターネットを開けば、
ある人は「これは絶対に正しい」と言い、
別の人は「それは間違いだ」と言います。
健康法一つを調べても、
正反対の意見が出てきます。
投資について調べれば、
「今すぐ始めるべきだ」という人もいれば、
「危険だからやめろ」という人もいます。
情報が少ない時代は、
「情報を持っている人」が有利でした。
しかし情報が溢れる時代では、
「情報を選べる人」が有利になります。
つまり、問題は情報量ではなく、
どの情報を
信じるのか。
どの情報を
疑うのか。
それを
判断する力が求められるようになりました。
情報は多いけど、自分が理解できない情報も多いという認識がある人も多いのではないですかね?
人は自分の信じたい情報を信じる
さらに厄介なことがあるんですよ。
人は必ずしも
正しい情報を求めているわけではありません。
実は、自分が
信じたい情報を探していることが多いのです。
なんだか、占いの結果を見た人が「信じる」「信じない」というのと似ているようにも思えますね。
これは例えば、「努力なんて無意味だ」と思っている人は、その考えを
肯定してくれる情報ばかり探します。
逆に、「絶対に成功できる」と思っている人は、
成功者の話ばかりを集めます。
インターネットにはあらゆる意見が存在するため、
自分の考えを補強する情報だけを集めることが簡単にできてしまいます。
そして気が付くと、
自分に都合の良い情報だけに囲まれた状態になります。
本人はたくさん勉強したつもりでも、実際には
視野がどんどん狭くなっていることも少なくありません。
SNSが情報弱者を生み出しやすくした
SNSの登場は、この傾向をさらに強くしました。
SNSは
利用者が興味を持ちそうな情報を優先的に表示します。
つまり、一度興味を持った話題があると、
似たような情報ばかりが流れてくるのです。
その結果、自分の周りには
同じ意見の人ばかりが集まります。
すると、「みんなが言っているから正しい」と感じるようになります。
しかし、その「みんな」は
世界中の人ではありません。
自分と似た考えを持つ人たちの集まりに過ぎないのです。
狭い世界の中で繰り返し同じ情報を見続けることで、
間違った情報であっても正しいと思い込んでしまうことになってしまいます。
情報弱者は知識が少ない人ではない
多くの人は情報弱者という言葉を聞くと、「知識の少ない人」を想像するでしょう。
でも本当はそうではないんですよ。
世の中には
大量の情報を知っているにもかかわらず、騙される人がいます。
逆に、
それほど知識がなくても冷静に判断できる人もいます。
本当の違いは知識量ではありません。
自分が知らないことを認識できるかどうかです。
「もしかしたら自分は間違っているかもしれない」
「別の考え方もあるかもしれない」
そう考えられる人は、
間違った情報に振り回されにくくなります。
一方で、「自分だけが正しい」と思い始めた瞬間、人は簡単に
情報弱者になってしまいます。
あとがき
インターネットは私たちに
膨大な知識と便利さを与えてくれました。
しかし同時に、
情報を見極めるという新しい課題も生み出しました。
昔は情報を持っていることが価値でした。
今は
情報を疑うことにも価値があります。
検索できることと、理解できることは違います。
たくさんの情報を
知っていることと、
正しく判断できることも違います。
もしかすると、これからの時代に本当に必要なのは
「誰よりも多く知ること」ではなく、
「自分は
知らないかもしれないと思えること」
なのかもしれません。
インターネットが発達するほど、情報弱者が増えるように見えるのは、情報が不足しているからではありません。
情報が溢れすぎた世界で、人間の判断力が試されるようになったからなのではないかというのが今回気がついた事でした。
あ、もちろん、そもそも知らないという、カモネギ系の情弱も少なからずいるのも確かです。
情報を適切に得て、判断して、自分の知識として蓄える、これがこれからの情報処理スキルになるんだと気が付きましたね。
AIの普及で、これまでとはまるで変わってくる事が重要だと思うんですよ。
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