
自分の本気って薄っぺらいと感じた事ありますか?
自分がやる気を見せて
本気になっているつもりでいても、ほかの人が自分以上に頑張っている姿を見ると、
なんだか自分の本気ってなんだろう?と考えてしまった事があります。
コレはきっと、本気の基準というか、基本ができていないんだろうと思ったので、
本気の基本について、自分なりに考察してみたいと思います。
本気は根性論?
「本気」と聞くと、多くの人が眉間にシワを寄せて歯を食いしばる姿を想像する。
でも、それは本気の“演技”であって、本気そのものではない。
運動会の綱引きをしているイメージは、本気なのだが、普段からなんでも本気でやる時に、
常に歯を食いしばってやり通すなんて、あんまり想像できない。
もちろん、他人から見たらそうした本気の演技で心を撃たれる人もいるが、
見せかけの本気は必要ないのである。
本気の基本は脱力感?
本気の基本は「余計な力を抜く」ことだ。
スポーツ選手が勝負どころで肩の力を抜くように、
プログラマーがバグ修正で慌てず騒がずコーヒーをすするようになるぐらいの落ち着きがいいのではないかな?
確かに、プロフェッショナルな人は、どことなく落ち着いて安定している印象がある。
落ち着きのない自分としては、本気で足りていないのはココではないかと思った。
脱力感の本気度
それでは、なぜ力を抜く事が大事なのか?と考えてみた。
本気モードの脳は、力むと処理速度が落ちるのだそうだ。
頭の中のCPUクロックが下がって、冷却ファン(深呼吸)が全力で回りだす。
要するに熱暴走してしまう状態になるので、それらを全て落ち着かせるクールダウンが必要になるという事がわかる。
本気は「準備」が9割。
当たり前だけど、本機になる前にはそれなりの準備が必要。
準備なしに本気を出そうとするから、薄っぺらい本機になってしまうのだ。
環境・道具・体調・タイムスケジュールまで整えるのが、事前準備。
そして、残りの1割は「やるだけ」という事。
プロの料理人が包丁を研ぐのも、プログラマーがキーボードにこだわるのも、この9割の領域なんじゃないかな。
迷いは天敵
本気の基本は「迷いを減らす」ことでもある。
迷うことは本気と真逆の行為とも考えられるんですよね。
迷った段階で突き進んでいる状態からストップがかかったような状態になって、まるで前に進んでいないことになる。
試合中に作戦会議を始める人はいないし、締切1時間直前に新しいフレームワークを導入するエンジニアも…たぶんいない(はず)。
優柔不断は本気の天敵だという事がわかった。
本気の基本は継続?
本気は「ギアを上げること」じゃない。本気は「止まらないこと」なんじゃないかと考えた。
ギアを上げてもすぐエンストする人は、まずは一定速度で走れるように整備する事が重要。
本気度を他人と比べる事にはなんの意味もなく、自分の満足いく本気が実現できれば
それはそれでいいのかもしれない。
そして、本気を出している人を見ると、やっぱり素敵に感じるのが人の本心なのかも・・・
あとがき
世の中には、冷めた思考で「本機になることはかっこ悪い」と考える人もいるようです。
本気になれる人となれない人の差は、こうした根底の思考からも表れているようにも思える。
本気の人は揺るがない何かしらの信念を持っているようにも思える。
本機になれない人は、何かしらどくどくな思考を持っているのかもしれないが、個人的には人生損をしているようにも思ってしまうんですよ。
何かに恐れを感じるぐらいなら、何事も本気でやれば怖くなくなるというもの。
仕事で上司やマネージャーから怒られるのが怖い、他人に負けるのが怖い、そんな心理を持っている人は、
絶対に本機で立ち向かった方がいいに決まっている。
というわけで、このブログも本機で書いてみました。
賛否なんでも、本機で受け付けます。
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