
最近、スマートフォンを使っていて思うことがある。
バッテリー残量が20%を切ると、ちょっと不安になる。
「まだ20%ある」と思うときもあれば、
「20%しかない……」と思うときもある。
その日の予定によっても違う。
家で動画を見るだけなら20%でも十分だ。
でも、これから外出して、電車に乗って、人と会って、写真を撮って、地図を見て……となると、20%では心もとない。
そして、ふと思った。
人間にも「心のバッテリー残量」があるんじゃないだろうか ・・・と。
ただし、人間にはバッテリー残量の表示がない。
だから、自分があと何%なのか分からないまま使っている。
これって結構、危険なんじゃないだろうか。
心のバッテリーは、朝から100%とは限らない
スマートフォンなら、寝ている間に充電しておけば、朝には100%になっている。
ところが人間はそう簡単ではないでしょ。
寝たのに30%しか回復していない日もある。
むしろ、起きた瞬間から、
「今日は月曜日でこれから仕事か……」
と思うと、もう15%くらい減っている気がする。
しかも、睡眠時間だけで充電量が決まるわけでもないという事実。
同じ8時間寝ても、
「今日はめちゃくちゃ元気だな」
という日もあれば、
「なんでこんなに疲れてるんだろう」
という日もある。
人間の充電システムは、かなり適当なんですよね。
スマートフォンなら、
「充電完了」
と表示されるのに、人間は、
「まあ、動けるからいいか」
という状態で出荷(寝起き状態に)されてしまう。
心のバッテリーを消費するもの
一日を過ごしていると、いろいろなところで心のバッテリーを消費している。
仕事をする。
人と話す。
メールを返す。
電話に出る。
予定を考える。
誰かに気を遣う。
面倒なことを後回しにする。
そして、後回しにしたことを思い出す。
これもたぶん、バックグラウンドでバッテリーを消費している。
特に厄介なのが、
「やらなきゃいけないけど、まだやっていないこと」
実際には何もしていないのに、頭の中ではずっと動いている。
「あれやらなきゃ」と思う。
でもやらない。
しばらくすると、
「あれ、まだやってない」
と思う。
また思い出す。
これを繰り返しているだけで、少しずつバッテリーが減っていく。
もしかすると人間の心には、ものすごく大量の
バックグラウンドプロセスが動いているのかもしれないと思った。
バッテリーが少ないと、同じことでも腹が立つ
面白いのは、心のバッテリー残量によって、
同じ出来事の受け止め方が変わることだ。
心のバッテリーが80%くらいあるときなら、
「まあ、そういうこともあるよね」
で済むことがある。
ところが20%くらいになると、
「なんでそんなこと言うの?」
となる。
さらに5%になると、
「もう全部イヤだ」
となる。
相手は別に変わっていない。
起きた出来事も、それほど変わっていない。
変わったのは、自分の残量だけだ。
これはスマートフォンでも似ている。
バッテリーが80%なら、アプリを一つ起動したところで何とも思わない。
ところが残量2%で、
「位置情報をオンにしてください」
なんて言われたら、
「今それ言う?」
となる。
人間も同じなんですよね。
心のバッテリーが少ないときは、
普段なら気にならないことまで負荷が大きくなる。
そして人間は、省電力モードを自分で設定できない
スマートフォンには
省電力モードがある。
バッテリーが少なくなると、いろいろな機能を制限して、なるべく長く動こうとする。
人間にも、そういう機能があればいいんじゃないかと思った。
心の残量が20%になったら、
「今日は人付き合いを減らします」
とか、
「今日は難しいことを考えません」
とか、
「仕事の処理速度を落とします」
と自動的に切り替わってほしい。
ところが人間は、残量が20%でも普通に動く。
10%でも動く。
5%でも、
「まあ、今日くらいなら」
と言って動く。
そして1%になったところで突然、
「もう無理」
となる。
いや、もっと早く省電力モードに入った方がいいのかもしれない。
充電方法も、人によって違う
さらにややこしいのは、心のバッテリーは人によって充電方法が違うことだ。
寝れば回復する人もいる。
美味しいものを食べれば回復する人もいる。
ゲームをすると回復する人もいる。
映画を見ると回復する人もいる。
一人になると回復する人もいる。
逆に、誰かと話すことで回復する人もいる。
旅行に行くことで回復する人もいる。
何かを作ることで回復する人もいる。
つまり、
「疲れたら休めばいい」
とは限らない。
休んでいるのに回復しないこともあるからね。
ベッドに横になっているのに、頭の中では仕事をしている時もあるでしょう。
休日なのに、月曜日のことを考えてしまう時もあるでしょう。
これはたぶん、充電器をコンセントに挿しているつもりで、実は接触不良なのだと思う。
充電するために旅行へ行ったら、旅行でバッテリーが減る
「最近疲れてるから、気分転換に旅行でもしよう」
と思って旅行に行く。
ところが旅行には、
荷物を準備する。
移動する。
電車の時間を調べる。
ホテルを予約する。
人混みを歩く。
知らない場所へ行く。
帰ってきて荷物を片付ける。
という、こうした大量の処理が発生する。
その結果、
旅行から帰ってきたら、旅行前より疲れている。
もちろん楽しかった、けど、疲れた。
心は満たされたのに、体のバッテリーは減っている。
人間のバッテリーは、どうも一種類ではないらしいんだよね。
「楽しい」と「疲れる」が同時に成立することがわかる。
ここがスマートフォンとは違うところなんですよ。
自分のバッテリー残量くらいは確認したい
結局のところ、心のバッテリーを100%に保つことはできない。
毎日、何かをすれば減っていく。
仕事をすれば減る。
人と会えば減る。
考え事をすれば減る。
何もしなくても、勝手に減る。
だから大事なのは、
「今、自分は何%くらいなのか」
をなんとなく把握しておくことなのかもしれない。
80%なら、ちょっと面倒なことにも挑戦できる。
50%なら、普通に一日を過ごせる。
20%なら、あまり無理をしない。
5%なら、もう充電する。
そして、
「最近なんか全部イヤだな」
と思ったときは、
人生について深く悩む前に、
「もしかして、バッテリー残量が3%なんじゃないか?」
と疑ってみる。
案外、それだけで解決することもあるのかもしれない。
人は、人生の意味を見失ったのではなくて、ただ単に、
充電が切れかけているだけなのかもしれない。
と思った。
あとがき
こう考えると、
自分自身をパソコンやスマートフォンみたいに考えてみるのは、意外と面白い。
「今日は処理速度が遅いな」
「なんかメモリを食ってるな」
「昔の記憶が勝手に起動してるな」
「この人と話すとバッテリーが減るな」
そんなふうに考えると、少しだけ自分を客観視できる。
そして、このシリーズでは次に、
「じゃあ、人間の頭の中のRAMとROMって何なんだろう?」
という話もしてみたい。
たぶん人間のRAMは、思っている以上に少ない。
そしてROMには、
「なんでこんなもの保存してるんだ?」
というデータが大量に入っている。
しかも、必要な記憶は出てこないのに、20年前の恥ずかしい出来事だけは異常な速度で読み出せる。
人間というコンピュータは、なかなか高性能なのか、低性能なのかよく分からない。
でも、とりあえず今日のところは、
「心のバッテリー残量、何%?」
くらいは確認しておこうと思う。
そして、一番重要なのは、「自分の最適なバッテリー充電方法」を熟知しておくことだね。
ちなみに、自分は、パソコンを触っているか、映画を見ている時かな・・・
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