
何かを作っているときは、時間が経つのが早い。
ブログを書いていると、気づいたら何時間も経っている。
プログラムを作っているときもそうだし、
庭で植物を育てているときもそうだ。
別に、ものすごく立派なものを作っているわけではない。
それでも、「これを完成させたい」という気持ちがあるだけで、
自然と手が動く。
一方で、何も作るものがないときはどうだろうか。
スマホを眺めたり、
動画を見たり、
SNSを見たりする。
何もしなくても時間は過ぎていく。
それはとても楽と感じてしまうんですよね。
でも、一日が終わったときに「今日は何をしたんだろう」と思うこともあって、何だか残念な気持ちになる。
この違いは、もしかすると「モノを作る」という行為に、人間が持っている
根本的な欲求が関係しているのかもしれない。
作るものがあると、ダラダラしなくなる
人は、ゴールが見えていると動きやすい。
「今日はブログを一本完成させる」
「このプログラムを動くところまで作る」
「庭にこの植物を植える」
それだけでも、生活の中に小さな目的が生まれる。
すると、不思議とダラダラする時間が減っていく。
もちろん、休むことも必要だ。
何もしない時間が悪いわけではない。
ただ、
「特にやることがないから、とりあえずスマホを見る」という時間が増えていくと、
休んでいるつもりなのに、なぜか疲れてしまうことがある。
休息と怠惰は、似ているようで少し違う。
休息は、次に何かをするための時間だ。
怠惰は、何もする必要がない状態をそのまま続けてしまうことだ。
だから、生活の中に「ちょっと作ってみたいもの」があるだけで、人の時間の使い方は大きく変わる。
仕事だって、モノ作りになる
これは仕事でも同じだと思う。
仕事というと、「誰かから与えられた作業をこなすもの」と考えてしまうことがある。
でも、自分の仕事の中に「作る」という感覚があると、少し面白くなる。
エンジニアなら、新しい仕組みを考えて、それをプログラムとして形にする。
営業なら、新しい提案を考えて、お客さんとの関係を作っていく。
料理人なら、一皿の料理を作る。
会社員でも、自分なりの仕事のやり方を考えて、仕組みを作ることができる。
つまり、クリエイティブというのは、
特別な職業の人だけが持っている能力ではない。
「自分で考えて、何かを形にする」
それだけでも、十分にクリエイティブなのだと思う。
仕事がつまらないと感じるときも、仕事内容そのものではなく、
「自分で作っている感覚」がなくなっていることが原因なのかもしれない。
モノ作りは、上手じゃなくてもいい
モノ作りという言葉を聞くと、立派な作品を想像してしまう。
プロが作った家具。
綺麗なイラスト。
完成度の高いプログラム。
何万人にも読まれるブログ。
でも、そんなものを作る必要はない。
段ボールで変な箱を作ってもいい。
下手な絵を描いてもいい。
誰にも読まれないブログを書いてもいい。
プログラムが何度もエラーになってもいい。
重要なのは、完成度ではなく、
「自分の手を動かして何かを生み出した」ということだ。
むしろ、泥臭いモノ作りのほうが面白いこともある。
失敗して、やり直して、少し改善する。
そして、また失敗する。
それでも少しずつ形になっていく。
その過程には、動画を見ているだけでは得られない感覚がある。
消費するだけの人生にしない
今は、何もしなくても楽しめるものが大量にある。
動画もある。
ゲームもある。
SNSもある。
ニュースもある。
スマホ一台あれば、一日中でも時間を潰せる。
これは、とても便利なことだ。
でも、便利すぎるからこそ、「消費するだけの時間」が増えてしまう。
誰かが作った動画を見る。
誰かが作ったゲームで遊ぶ。
誰かが書いた文章を読む。
もちろん、それ自体は悪くない。
ただ、それだけになってしまうと、自分の人生なのに、自分が何も作っていないような感覚になってしまう。
だからこそ、ほんの少しでもいいから、自分で何かを作る時間を持ちたい。
ブログでもいい。
料理でもいい。
プログラムでもいい。
植物を育てることでもいい。
何かを作るということは、時間を消費するのではなく、時間を形に変えることなのだと思う。
人生そのものも、モノ作りなのかもしれない
考えてみると、人生もモノ作りに似ている。
最初から完成形が決まっているわけではない。
やってみて、失敗して、作り直して、少しずつ形が変わっていく。
仕事もそうだ。
生活もそうだ。
人間関係もそうだ。
自分の好きなことだって、最初から分かっているわけではない。
やってみた結果、「これは面白い」と気づく。
そこから、また何かを作り始める。
だから、人生を豊かにするために、いつも前向きで、背筋を伸ばして、立派に生きる必要なんてない。
部屋が散らかっていてもいい。
失敗してもいい。
格好悪くてもいい。
効率が悪くてもいい。
「なんか作ってみようかな」と思ったら、とりあえず手を動かしてみる。
そのくらい泥臭いほうが、人間らしい。
あとがき
僕は、モノ作りが好きだ。
新しいアイデアを考えることも好きだし、それを
実際に形にしていくことも好きだ。
もちろん、作っている途中で面倒になることもある。
うまくいかなくて、投げ出したくなることもある。
それでも、完成したときには「やっぱり作ってよかった」と思う。
たぶん、人間には「何かを作りたい」という欲求が、もともとあるのだと思う。
それは大きな作品を作ることではない。
自分の身の回りに、小さな「自分が作ったもの」を増やしていくことなのかもしれない。
何もしないで楽に生きることもできる。
でも、少しぐらい面倒なことをして、失敗しながら何かを作っていく。
そのほうが、人生はちょっと面白くなる。
そして気がついたら、自分の人生そのものを、自分で作っていた。
そんな生き方も、悪くないと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿