
デカルト曰く「我思う、故に我あり」。
人の本質を思考に見出す有名な言葉です。
自分の思考って一体どんな感じで、自分の価値にどう影響しているかって考えたことがありますか?
そもそも、人の価値って一体なんなんだろう?と考えてみると、次のような内容が頭に浮かびませんか?
・年収や手持ち資産の多さ
・有名な会社で働いていること
・難しい資格をたくさん取得している
・何か特殊な才能を持っている
もちろん、これらはその人の持っている能力の指標ではあると思いますが、
人の価値とまで言い切れるかというと少し違うような気がします。
転職したり、震災が起きたり、何かしらの生活が一変した場合に、その人の価値が変わるというのは、
そもそもの
人の価値では無いような気がするんですよ。
人の価値は「その人の考え」なのでは無いかと考えると色々と納得ができたので、
今回は「人の価値」について個人的な考えをブログにまとめてみました。
知識が同じでも、結果は変わる
例えば、同じ本を読んだ二人がいたとします。
二人とも同じ知識を手に入れました。
ところが、一人は「勉強になった」と納得して終わり、
もう一人は「これを自分の仕事に使えないだろうか?」と考え始めます。
さらに、
「もっと簡単にできないだろうか?」
「別の業界でも使えるんじゃないか?」
「これをサービスにしたらどうなるだろう?」
と考えていく。
最初に持っていた知識は同じです。
違うのは、
その後に「考えたかどうか」です。
知識そのものには、大きな差がなくても、思考によって差が生まれて来ることがわかりますよね。
他人は無意識にあなたの価値をあなたの考え方で判断する
人と話をする時に、
「この人とは話が合う」
「この人とは話が合わない」
と感じることってありますよね?
これは、会話の内容に関する思考が相手と自分と似通っているか、
それとも、食い違っている箇所が多いかで、違和感となって相手の心理に植え付けられます。
無意識に、こうしたコミュニケーションに気を配れる人もいれば、
自分の本音を包み隠さず言って、相手から距離を取られてしまう人もいるでしょう。
ここで重要なのは、会話をするときは、「相手がどう思うか?」という思考を常に持っているかどうかで、
相手の受け捉え方が変わるという事なんですよ。
もちろん、自分から見て、相手が話す価値もない人と判断してしまう場合は、相手の思考が自分とはまるで噛み合わない(または異次元)ため、
相手の価値を見限ってしまうでしょう。
確実に言えることは、相手が自分にとって価値のない人間と思われたくなければ、
一生懸命相手に対する思考を張り巡らせる必要があるという事ですね。
な〜んも考えずに人と話す人と、
いつも深い思考で、何かしら学びが得られる人とでは、
話すモチベーションも変わりますからね。
「なぜ?」を持つ人は強い
たまに、「そういうものだから」と言われることがよくあります。
会社のルールだから。
昔からこのやり方だから。
みんなそうしているから。
これは、年齢を重ねた人で、世の中の常識と思い込んでいて、
「どうしてこうなっているんだろ?」という視点が失われてしまった人がよく発する言葉です。
もちろん、すべてを疑えばいいわけではありません。
でも、そこで一度、「なぜ?」と考えてみることが非常に重要であるということを頭の片隅においてみるといいでしょう。
なぜ、この作業が必要なんだろう。
なぜ、この手順じゃないといけないんだろう。
なぜ、この商品は売れているんだろう。
なぜ、このサービスは使いにくいんだろう。
こうやって考えていると、今まで
見えていなかった問題が見えてきます。
そして、問題が見えると、
改善することができます。
さらに、新しいアイデアも生まれます。
つまり、「なぜ?」と考えるだけで、普通の日常が材料に変わるんですよ。
これに気がついていない人は、普段から思考をするクセがついていない人なんです。
人間の価値は「答え」だけではない
AIがどんどん賢くなっています。
分からないことを質問すれば、すぐに答えを返してくれるし、
文章を書くこともできます。
そして、プログラムを書くこともできます。
アイデアだって大量に出してくれます。
これからは「知っていること」だけでは、価値を作りにくくなるのかもしれません。
そんな時代に重要になるのが、
「何を考えるか」でしょう。
AIに答えを聞くことはできますが、
「そもそも何を質問するのか?」
「その答えをどう使うのか?」
「別のことと組み合わせられないか?」
「もっと面白くできないか?」
という部分には、自分の思考の方が遥かに優秀です。
答えを持っていることよりも、
良い問いを作れることのほうが価値になるのではないかと気が付きます。
思考は、誰でも鍛えられる
「自分には才能がない」
と、思っている人もいるかもしれません。
でも、思考は才能だけで決まるものではないんですよね。
普段から、
「これって本当に必要?」
「もっと簡単にできない?」
「逆にしたらどうなる?」
「子供でも分かるようにすると?」
「これをゲームにしたら?」
「別の業界だったらどうする?」
そんなことを考えているだけでも、少しずつ思考の幅は広がっていきます。
ちなみに、アイデアをもっと深めたい人は、以前ブログに書いた、
「アイデア脳の作り方」を読んでみてください。
重要なのは、正解を出すことではありません。
考える習慣を持つことです。
最初はくだらないアイデアでもいいし、
間違っていてもいいんです。
実現できなくてもよくて、
考えた数だけ、自分の中に「ものの見方」が増えていくんですよね。
「考える人」には、まだ見えていない未来が見える
同じ景色を見ていても、見えているものは人によって違います。
ある人には、ただの古い建物に見える。
別の人には、歴史的な建物に見える。
別の人には、リノベーションできそうな物件に見える。
そして別の人には、新しいビジネスのアイデアに見える。
それぞれが景色が違うわけではありません。
違うのは、その人の「思考」なんです。
だから、考える人ほど、
普通のものから価値を見つけることができるんですよね。
何もないところから
アイデアを生み出しているように見えても、
実際には、目の前にあるものを
別の角度から見ているだけなのかもしれません。
人の価値は、現在の能力だけでは決まらない
「今、何ができるか」と考えることも大切ですが、
それ以上に、「これから何を考えられるか」ということも、大切なんですよ。
知識は覚えることができます。
スキルは練習することができます。
資格も取得することができます。
でも、その知識やスキルを使って「何を考えるのか」は、その人自身にしか決められません。
だから自分としては、人の価値は「今できること」だけではなく、
「どんなことを考えられる人なのか」で決まると思うんですよね。
そして、思考には上限がありません。
昨日より一つ多く考える。
昨日とは違う角度から考えてみる。
当たり前を疑ってみる。
そんな小さな積み重ねが、
その人にしかない価値を作っていくはずです。
あとがき
人間は、何かを考えるだけなら、誰でもできます。
でも、考えることをやめない人は意外と少ない。
「そういうものだから」で終わらせず、
「なぜ?」
「もっと面白くならない?」
「逆にしたら?」
と考えてみるといいでしょう。
その瞬間、ただの出来事だったものが、アイデアの種になります。
もしかすると、人の価値というのは、持っているものではなく、
頭の中で何を生み出しているかなのかもしれません。
だから今日も、くだらないことでもいいので、
一つくらい、「これって、もっと面白くできないかな?」と考えてみたいものですね。
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