
法律は、この国で生きていく上で絶対に守らなければいけない絶対ルールですが、
校則や、社則、という、組織で決めたルールや、
どこにも書かれていないけど誰もがそうしなければいけないと思い込んでいる社会ルールなど、
世の中にはいろいろなルールがありますよね。
なんなら、自分で自分にルールを課して毎日ブログを書いている自分のようなOWNルール好きな人間もいます。
でも、ルールって、尾崎豊のように破りたいという衝動を持っている人もいれば、
クソ真面目に守り通す聖人君子のような人もいます。
その人のルールに対する向き合い方の姿勢が、その人のマインドを作り上げているんじゃないかと思って、
ルールに向き合うマインドについてをブログに書いてみたいと思います。
ルールって窮屈?
ルールという言葉に、まずネガティブな印象を持つ人は少なくない。
「〜してはいけない」「〜しなければならない」と言われると、人間は反発したくなるもの。
校則が厳しかった学生時代に、「何の意味があるんだろう?」と思ったことは誰にでもあるはず。
でも、ルールがなかったら社会は混乱する。
赤信号で止まる、レジで並ぶ、そういった日常のルールがあるから秩序が保たれている。
問題は、「意味のあるルール」と「形骸化したルール」が混在していること。
意味があるかどうか見極めずに、全部を「守る」「破る」でしか判断できないと、自分の思考停止にもつながる。
結局、ルールが窮屈かどうかは、向き合い方次第なのかもしれない。
ようするに、守ることで楽になるルールと、守るのがしんどいルールがあるという自覚を持つ事が重要なのかも。
守っても、破っても、作っても何とでもなるルール
ルールには、3つの向き合い方しかないと考えている。
守る・破る・作る、だ。
守ることを選ぶ人は、安定を選ぶ。変化よりも安心が優先されるマインド。
破ることを選ぶ人は、現状に対して疑問を持ち、違和感を行動に変える。ときに勇気がいるし、反発も受ける。
作ることを選ぶ人は、ゼロから新しい価値観を定義しようとする。しんどいが最も創造的。
多くの人は、「守る」と「破る」の間で揺れているが、「作る」という選択肢は意外と忘れられがち。
会社のルールも、「破る」のではなく「提案して変える」=作る、ができると、その人の存在感は変わってくる。
SNSの時代、誰もが
ルールメーカーになれるチャンスがある。ブログを書くことだって、1つの「作る」に近い行為。
つまり、どのルールも、自分の選び方次第で「自由」になる。ルールがあるから不自由なんじゃなくて、自分がどう選んでいるかが問題だと思うんだよな〜。
エンジニアが考えるシステムルール
プログラムを書くとき、ルールはむしろ「安心材料」になる。
言語仕様、ライブラリの使用法、セキュリティポリシーなど、ルールがあるから
バグが減り、
再現性が高まる。
ただ、そのルールが厳しすぎたり、現実に合っていないと、開発が不自由になってしまう。
だからこそ、エンジニアには「ルールを疑う力」と「ルールを改善する力」が必要だと思う。
lintやformatterも、最初はルールを押し付けられて
面倒に感じるが、理解すれば味方になる。
OSSにコントリビュートすると、プルリク1本に対してめちゃくちゃ細かいルールがある。
でも、それがクオリティを支えているから、これは絶対ルールと言ってもいいかも。
エンジニアにとっての「いいルール」とは、
目的に対して合理的かつ拡張可能なものだと思う。
システムも社会も、
ルール設計の思想が現れる。だから「ルールに従うだけの人」にならない方が面白いし、エンジニアはそのタイプが向いていると信じている。
あとがき
ルールは人生のあちこちに転がっていて、それをどう扱うかで生き方が変わってくるということ。
守ってもいいし、破ってもいいし、作ってもいい。大事なのは「自分で選ぶこと」。
もし、今何かのルールがしんどいと思っているなら、「これは守るべき? 破るべき? それとも、作り直すべき?」と自問してみるといい。
自分が
どのフェーズにいるかを意識するだけでも、ルールとの付き合い方は変わってくるはず。
ルールに振り回されず、うまく乗りこなしていこう。
自分の人生を、自分のルールでデザインするために・・・
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