
「無駄は悪」・・・そう教わってきた。
正義とされているのは、
最短距離。
最速実行。
最小コスト。
エンジニアであればあるほど、「最適化」になびくはずであるし、会社でもいろいろなコミュニティでも、改善、効率を重視する傾向にある。
でも本当にそうだろうか???
無駄は“余白”である
自動車のハンドルにも「アイドル」と言うポジショニングが存在する。
「遊び」の部分という意味で使われます。
プログラミングの設計にも余白がないと、変更に見辛くなってしまう。
スケジュールも余白がないと、事故や当人のストレスが発生してしまう。
頭の中の思考にも余白がないと、発想が止まってしまうんです。
無駄とは、“今すぐ役に立たない余白”のことなんですね。
そして、未来に効くのはだいたい余白のほうということを知っている人は少数派かもしれない。
無駄がアイデアを生む
目的のない読書。
関係ない分野の学習。
ふと思いついた実験コード。
直接の成果にはならないから「無駄」に見えてしまう。
でも、点と点がつながる瞬間は、だいたいその“無駄のストック”から生まれるんですよね。
検索ではなく、連想。
最適解ではなく、越境。
そこに創造があるってコレわかるかな〜?
無駄は“探索アルゴリズム”
最適化は
局所解に強いが、無駄は
大域解に強い。
既知の問題を解くなら
最適化でいいのだが、未知の問題に挑むなら
探索が必要だ。
探索というは、
遠回りする勇気なんですよ。
一見ムダな分岐に入ること。
意味のない仮説を試すこと。
失敗する前提で走らせること。
これらは浪費ではなく、未来へのオプション投資なんですよね。
無駄を削りすぎると、人生は薄くなる
効率だけを追いかけると、「正しいこと」しかやらなくなる。
でも人は、正しい事に納得はするが、感動するわけではない。
回り道。
寄り道。
意味不明な挑戦。
そういうノイズがあるから、物語が生まれる。
面白いと感じるストーリーは、こうした回り道が困難であればあるほど、達成感が増して、面白さも増すものです。
無駄の使い方
無駄を無理に増やせ、とは言いたくないでんです。
あえていうなら、無駄を“意図的に持て”ですね。
無駄を効率的に使いたいのであれば、次のような手法がいいでしょう。
・週に1時間、目的のない学習をする。
・収益化を考えないアウトプットをする。
・完成しない前提のプロジェクトを走らせる。
制御された無駄ほど強いものはないことに気がつくでしょう。
どうせ収益もせず無駄に作るぐらいなら、誰かのホームページを作ってあげるもよし。
誰も使わないけど、局所的に使いたい人がいるシステムを作って無料で使って貰えばいいし。
こうしたボランティアをやっていると、次第と人に感謝されるようになるでしょう。
無駄を使いつつ、誰かの役に立つことができるようになると、これって本当に無駄と言えるのか?という矛盾を感じ始めてしまう。
あとがき
効率を愛するエンジニアほど、あえて無駄を持とう。
何かを創るクリエーターであれば、誰も真似できない無駄を究極に使いこなそう。
無駄を持てる人だけが、本当に自由に最適化できると思うんですよね。
これに賛同できる人、無駄愛好家になってみませんか?
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