世の中の違和感を察知する能力を養う必要性

2015年6月7日

マインド 学習

政治の世界では、派閥というとても大きな組織図が存在するが、派閥は宗教のソレに、大体が類似する。 と言うのも、教祖様の言う事は絶対で有り、反対は基本的に許されないのである。 ここには、主義、主張、思想などは、有り得なく、ヒトラー政治そのものと変わりないのである。

大きい物に巻かれるな

二択問題で、大勢の意見が片方に傾いている時に、少数派は、負けたような心理になりがちだが、多数派という、群集心理が強いだけで、正解かどうかは関係ないのである。 必要な事は、群衆の中で、他の人がどう考えているかという、カンニングは、愚の骨頂であり、正解を見極めるという簡単な事が、二の次になってしまいがちである。 選挙のテレビ特番などがとてもいい例で、ああやって、偏った情報を流す為に、有権者の知識に多数派という心理が芽生えてしまうのである。

違うと言える勇気

目の前で真剣に話をしている人に、「違う」と言えますか? 受け取る側の性格にもよりますが、気を使って言いづらかったり、言える雰囲気ではなかったり、環境によっても異なりますが、間違った事を指摘する事は、当の本人の為でもあります。 間違った知識のままに今後過ごすのか、その時点から正しい方向性に軌道修正出来るのか、ある意味、親切行為なのですね。 また、正負の考え方ではなく、自分の意見というレベルであれば、前向きに議論できるかどうかがポイントとなり、近しい人であれば、意見をぶつけ合いましょう。

議論を嫌う人間

威圧されている人や、虐げられている人、そもそも自分の考えがない人、と言うのは、イエスマンになりがちです。 議論をしない場合に、自分もその意見と同感、または、賛成という事になります。 学校などで先生から教わっている場合は、正負の判断が出来ないのだが、自分が理解できるかどうかがポイントなのでしょう。 議論でなくても、分からない所は、しつこいぐらいに問いただすという、執念が必要なのですね。

とある銀行合併の話

一昔前に、大手銀行の合併が相次いだ時期がありましたが、どの銀行も、生き残りを賭けて、とても大きな選択をした事と思います。 とある銀行で、合併の話を持ってきた、取締役が、何人かの派閥での取締役連中と、供託し、話を進めようとした所、反対派の意見で可決されてしまい、派閥内の人たち全員が、辞職せざるを得なくなったという話を聞いた事があります。 きっと、合併が可決されるという過信と、派閥内において、情報よりも結論を急いでしまったような印象を受けました。 人に流されるという事は、一蓮托生の覚悟も必要という事ですね。

意見を言う為に強くなる必要はない

自分の意見を言う、自信がなかったり、人の意見に流されやすい人は、弱い人間と言うだけではないと思います。 自分で物事を解決するという意思が足りない場合が多いのではないでしょうか。 物事をいつも正しく扱える人は、世の中にはなかなか少ないと思われますが、間違ってもいいので、自分の意見を言い、それに対して、間違いを指摘されれば、素直に受け取る。 こう言った、柔軟性が不可欠なのでしょう。 頭の良い、悪いではなく。 純粋に物事が判断できる人間になりたいですね。