
「人が文化を作る」というのは、よく言われていますが、色々な会社組織を外から見ていると、
「システムが会社組織の文化を作っている」という方が今時なのではないかと思いました。
良い面も悪い面も、システムの良し悪しで決まることは言うまでもないですが、
システムに自分の文化を左右されたくないと思った人は、是非今回のブログを読んでみてください。
文化を作るシステムについて
組織におけるシステムとは、制度・ルール・プロセス・ツール・評価体系など、組織を動かす枠組みのことで、
ERPとか、基幹システムと言われる事もあれば、かわいい名称やかっこいい名称をつけて、まるで人やペットのように呼んでいる組織もあります。
もちろん、世の中で公開されている、別の会社が運営しているシステム(Webサービスなど)を利用する場合は、そのサービス名で呼ばれますが、
会社の文化は、どんなシステムを使っても、そのシステムに沿った組織が形成されてしまうのは、仕方がない事かもですね。
J-SOX法対応の記憶
以前勤めていたとある上場会社で、「J-SOX法」という内部統制に対応するために、基幹システムのリプレイスから、色々な雑多な書類を大量に作っていたことを思い出します。
その時に、内部統制に対応するためには、社内システムとしての基幹システムが必須であるという説明を受けたけど、
実際に日本の会社では、内部統制に対応できる完璧なシステムというのは存在せず、
その会社独自に対応したシステムを作らなければいけないという話を聞いて、「なんかそんなシステム設計ができる会社でもないのに、身勝手な事言ってるな〜」という程度に考えていました。
もちろん、経営者からしたら、自分のやり方で進めてきた会社の文化を崩さないシステムを基幹システムとして作りたいと思うのはわかりますが、
実際に作られたシステムに沿った文化が、その後1年もしないうちに形成されていったのも、鮮明に覚えています。
承認プロセスが「責任逃れ文化」を生む
とある企業では、稟議が3段階・5人以上の承認が必要な仕組みになっている。
結果として、現場は「上がOKと言ったから」で動き、「自分の判断で動かない」文化が定着した。
この文化は「慎重」ではなく「他責思考」を生み、挑戦するという精神が消えたと言ってもいいかもしれない。
確かに、こういったシステムというか、仕組みに伴って、機械に責任を押し付けている場面もよく見受けられます。
こういう、責任逃れ文化は、人の思考を奪い去ってしまう危険性があるのかもしれませんね。
ちなみに、メールに大量の関係者をCCに入れて送信しているのを見かけた時に、「情報共有している」感覚になるソレにも似ていますね。
勤怠システムが「定時退社=やる気なし」の空気を作る
勤怠打刻が厳密に管理されているのに、上司の帰宅を部下が待つ風習が残っている会社がある。
表向きは「働き方改革」と言いながら、暗黙の残業が評価につながっている。
確かに、夜遅くまで仕事をしている人は、「頑張っている」「偉い」という評価されがちだが、
その人たちはフレックス制度で、午後出社している人達なのかもしれない。
もちろん、朝早く来て仕事をしている人もいるけど、何故か時短勤務の人は、どうしても心理的にも評価されにくくなっているような気がする。
同時に、テレワークを悪者のように考えてしまう経営者も数多くいるので、まるで勤怠システムが機能していないとも言えるかも。
結果的に、評価制度が「見せかけの努力」を称賛する文化を作ってしまっている例が多くあると思われる。
チャットの利用ルールが「報告文化」ではなく「相談文化」を生む
一方で、ある会社ではSlackなどのチャットルールで「相談・途中経過を共有する場」として整備されていた。
その結果、「完成してから報告する」よりも「今ここで詰まってる」と発信する行動が自然になった。
小さなシステム設計の違いが、「オープンな助け合い文化」を生んでいる好例だ。
これは良い例もあれば、悪い例もあり、
気軽に相談されるので、非エンジニアの人に対する、技術質問を、まるでChatGPTのように繰り返されて、技術職の人たちが仕事が進まないという事もよく聞く話。
SNSのように、社内関係が良好になるのであればいいが、チャットでの関係ギクシャクも起こり得るのも、システムを使った新たな人間関係が生まれる、文化形成かもしれない。
システムが会社の文化を作のは、半分正しい?
人の入れ替わりが激しい会社である場合、
「そのシステム、以前所属していた、情報システム部署の人が作られました」
こんなセリフ、転職した会社で聞いた事ありませんか?
実際にそのシステムをリファクタリングもしていなければ、不具合をそのまま放置しているようなケースも多くあります。
こうした場合、そのシステムでできる範囲の事しか仕事で許容されなくくなるケースもあり、
なんだか、システムに振り回されている現場をいくつかみたことがあります。
思い切った経営者であれば、「そんなシステム捨てて、新たに作れ」的に組織をちゃんと形成しようとしますが、
これまで長年使ってきたシステムから離れられない組織も多くあるので、結果的にシステムが文化になっているというケースなのかもしれません。
あとがき
会社組織でのシステムが作る文化について、ブログを書いてみましたが、
これは、普通の人でも、自分が使っているスマホのアプリでも同じことが言えるかもしれませんね。
SNSに振り回されている自分や、ゲームをやらなければと時間を拘束されている人などは、
アプリというシステムに、自分の文化が形成されている可能性が高いかもですね。
それでいいという人もいれば、考え直した方が良い場合もありますが、たまには他人の意見に耳を傾けてみて、ちゃんとそれを理解できるといいかもしれませんね。
強情な人ほど、システムに文化形成されてしまう可能性がありますからね。
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