
半年ほど前から、Duolingoを使ってチェスを学習できました。
これまで囲碁と将棋はたしなむ程度にやっていたんですが、チェスはまるでルールを知りませんでした。
なんなら、「チェストと将棋は似ている」とよく聞いていたので、「将棋ができるならチェスぐらいできるっしょ!」とタカをくくって、ナメた感じでゲームスタートしてみたところ・・・
負けに負けまくって、コマの動きを全然理解できていない事に気がつきました。
ポーンは歩(ふ)と同じで、1コマずつまっすぐしか進めないけど、何故か相手のコマを取るのは、斜め前だし、
ナイトは桂馬(けいま)と同じで、斜め前+前しか進めないって思ってたのに、斜め+横にも進める機動性抜群コマだし、
クィーンは、最初から成り飛車状態の無敵スターマリオ状態。
おまけに、一度コマを取ったら、もはやそのコマが盤上に戻ってくることは無いというのは、将棋とまるでルールが違う事が理解できる。
でも、このブログを書いている時点で、2000回以上のチェス対局をやっていて、要するにこれらのルールに慣れることが、基盤対局ゲームの真髄だと心得ました。
ゲームにおけるセリフにストレスを感じる話
で、今回何のブログを書いているのかというと、そうしたチェスのルールを説明したいわけではなく、
このDuolingoのチェスゲーム、ゲームキャラクターが子憎たらしいセリフを常に吐き続けているという、心理的にダメージを受けるゲームでもあったんです。
ゲームがわが勝利して自分が負けたら、「次は手加減してあげます」とか「その動き意味なかったでしょう!」と見下したセリフを能々と吐き捨てます。
また、ゲーム側が負けて自分が買った場合でも、「可哀想だから負けてあげたんです・・・」とか、「華麗に敗北をする姿が美しい・・・」と子憎たらしい負け惜しみを言ってくるんです。
それも毎回、あ〜言えばこ〜言う状態。
自分が勝ったら、多少気分はいいのですが、このセリフを聞くと、なんか萎えちゃうんですよね。
なので、このチェスゲームする時には、音声をOFFにしてやることが多いです。
敗北は悔しいモノ
当初は、「チェスを覚えたい。」「脳トレをしたい」程度に思ってやっていたのと、
Duolingoにおいて、チェスの対戦は、ポイントが高い(ゲーム内のレースで使われるポイント)事もあり、ポイント稼ぎでやりまくっていました。
最初のうちは、勝つ事自体が難しく、気がついたら、キングのコマ1つだけになっていたり、ものの数手で詰みにされたりして、
チェスって奥深いな〜と思っていたんですが、
何度か勝つ回数も増えてき他時に、敗北すると、セリフを言われなくても「なんとなく悔しい」と言う感情が高まってしまう自分に気がつきました。
そのタイミングで、ダメ出しの見下しセリフなどを言われようものなら、ストレス値も上がること間違いありません。
きっと、個人的には、こう言う他人との勝負で、勝てば気持ちはいいけど、
負ける時に、どんな勝負でも同じ敗北感を味わうに違いない。と気がついたんですね。
だから、個人的には他人との勝負というのはあまりやりたがらないという、
心の根底にあった気持ちを再確認することができました。
もちろん、誰でも「敗北」って気持ちのいいモノではないですよね?
います?敗北するのが好きな人・・・
負けてからの何クソ根性
「肉を切らせて骨を断つ」という言葉がありますが、「短期の犠牲で長期の利益」的なことはよくわかるんですが、敗北はやはり気持ちのいいものではありません。
もちろん、スポ根モノの漫画やアニメ、映画に小説などは、主人公が最初にボロクソに負けて、その到底叶うわけもない相手に対して立ち向かって最後は勝利するというのが気持ちのいいハッピーエンドになっていますが、1勝99敗って、果たして勝ったと言えるんででしょうか?
もちろん、自分のスキルが上がって勝ったことで、それ以降の勝率は上がっていくのかもしれませんが、いつも負けている宿敵の相手だったとして、最後に奇跡的に勝っただけで喜んでいいのかどうか、たま〜にそういうストーリーを見た時に、腑に落ちないことがあるんですよね。
とにかく、負けないために、日頃から色々な努力をするというのは悪くないと思うんだけど、個人的には人と何かを比べるということが本当に苦手なんです。
「負けたくない」という気持ちも強いし、1対1の場合は、必ずどちらかが勝って、どちらかが苦水を飲むわけですからね。
ゲームと言えども、これだけ敗北感を味わうのであれば、実際に直接人とやった時の敗北感ってちょっとメンタルぶち壊されちゃいますよね。
将棋や囲碁の棋士の人たちって、こういうことを生涯の仕事でやっているというのは、本当にメンタルが強い人たちなんでしょうね。
メンタルって鍛えられるの?
もしかしたら、個人的に苦手なこの敗北のメンタルって、鍛えられるものなの?
と思って、チャッピー君に聞いてみました。
- 結論から言うと、鍛えられる
ただし「悔しさを消す」ではなく「扱えるようにする」が正解
- なぜ惨めになるか?
勝負=自分の価値を測られた感覚になる
負け=否定されたと脳が誤解する
比較軸が「人」になっている
- 鍛え方の方向性
メンタルは「筋肉」ではなく「OSの設定」に近い
感情を無くすのではなく、解釈を変える
- 具体的な鍛え方
勝負の定義を「優劣」から「情報取得」に変える
負けた瞬間に「何が分かったか」を1つ言語化する
人との勝負を「実験」として扱う
小さく負ける経験を意図的に増やす
結果と人格を強制的に切り離す
感情が出ること自体を否定しない
「避けてきた自分」を責めない
- 実践しやすいトレーニング
勝ち負けが軽い場(ゲーム・議論・即興)で負け役をやる
わざと不利な条件で勝負する
負けた直後に他人の評価を遮断する(SNS・反応を見ない)
日記に「負けたが失ったものは何か」を書く(大抵ほぼ無い)
- 大事な視点
メンタルが強い人=負けて平気な人ではない
メンタルが強い人=負けても自分を壊さない人
勝負を避けてきたのは「弱さ」ではなく「自己防衛の知性」
- 最後に
勝負は人格を測る道具ではない
勝負はデータを集める装置
惨めさを感じる人ほど、実は成長速度は速い
なかなか良い事を言ってくれるじゃない。
そうか、「負け=敗北」ではなく「負けたことから得られる情報を受け取る」という事なのか・・・
って、そんなんで、敗北感が消えるのか?
あとがき
なんとなく、自分が短期で忍耐が足りないことがよ〜く分かった。(なんなら前から分かってたけど)
でも、確かに、敗北のメンタルを鍛えることができたら、人としてもう一段上に階段を登れるような気がするな〜。
ということで、今後、音声を流しながら、Duolingoのチェスをやり続けてみたいと思います。
勝っても負けても気にするな!それワカチコワカチコ!!!
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