
現在AIが、人間の仕事をたくさん奪い始めています。
職を失った人間は、路頭に迷うか、AIに立ち向かうしかありません。
これはもう、映画のターミネーターの世界と同じじゃないですか!
AI対人間という構造は、ことわざで行ってみると
「飼い犬に手を噛まれる」
という状態なのでしょうか?
それとも、人間はAIを作って飼い慣らす事ができない代わりに、
これまで人間がやってきた事をAIがやって、
AIができない事を人間がやるようになるんでしょうか?
未来はわからないが、想像する事はできる。
AIと対峙するのも共存するのも、やっぱり自分次第でもありますが、
今だに「AI怖い」という古典落語のような事を言っている、IT弱者の人間もいるわけです。
AIに負けない思考を身につけるべく、今回はブログで、そんな内容を書いてみたいと思います。
ターミネーターは本当にやってくるのか?
映画「ターミネーター」といえば、
未来からやってきたロボットが人間を追いかけ回す話です。
当時は完全にSFでした。
しかし今の時代に置き換えてみると、
「人間がAIを作る」
↓
「AIが人間より賢くなる」
↓
「AIが人間の仕事を奪う」
↓
「人間がAIに仕事を奪われる」
↓
「人間とAIが対立する」
というストーリーが、なんとなく現実味を帯びてきています。
もちろん、今のAIが突然、「人類を抹殺します」と言い出したわけではありません。
むしろAIは、
「この資料をまとめておきました」
「このプログラムを書いておきました」
「この画像を作っておきました」
「この文章を作っておきました」
と、ものすごく人間の役に立っています。
ところが、これを裏返すと、「その仕事、人間じゃなくてもいいですよね?」という話になってしまう。
ここが怖いところなんです。
今の時点でAIは、人間にとって
非常に優秀な助手です。
ところが、助手が優秀になりすぎると、上司から、「じゃあ、あなたは何をするんですか?」と聞かれる可能性があります。
これってターミネーターより怖くないですか?
なぜなら、こちらはレーザー銃を持ったロボットではなく、普通に会社の会議室で起こる可能性があるからですね。
AIに仕事を奪われる人と、AIで仕事を増やす人
AIによって仕事がなくなる人がいる一方で、AIによって仕事が増える人もいます。
例えば、
文章を書く仕事。
以前なら、「文章を書ける人」というだけで、それなりの価値がありました。
ところがAIに、「このテーマでブログ記事を書いて」とお願いすれば、それなりの文章が一瞬で出てきます。
では、文章を書く仕事は全部なくなるのでしょうか?
そう単純ではないと思うんですよね。
なぜなら、「何を書くのか」を決める仕事が残っているからです。
AIは文章を書くことができます。
しかし、
「そもそも何について書くべきなのか?」
「誰に読んでもらいたいのか?」
「この記事で何を伝えたいのか?」
こうした部分は、人間側が考えなければなりません。
だって、それを読むのは人間だし、人間が面白いと思う事をAIは生成できませんから。
ここに面白い逆転現象があることに気がつきます。
AIが文章を書く能力を持つようになったことで、「文章を書く能力」よりも、
「文章を書くテーマを考える能力」のほうが重要になるかもしれません。
これはプログラミングでも同じです。
AIはコードを書いてくれますが、
「何を作るのか」
「なぜ作るのか」
「どんな仕組みにするのか」
を決めるのは人間です。
AIがプログラマーを消滅させるというより、
「コードを書くことだけをしているプログラマー」
の仕事が変わっていく。
そんな未来のほうが、現実的だと思いませんか?
AIと競争してはいけない
では、AIに負けないためにはどうすればいいのでしょうか。
AIより速く文章を書く。
AIより速く計算する。
AIよりたくさんコードを書く。
AIより大量の情報を覚える。
これは、かなり分が悪い勝負です。
そもそも人間がAIと同じ土俵で戦う必要がありません。
電卓と暗算で競争するようなものです。
電卓に、「俺は3桁の足し算なら負けないぞ!」と言っている人がいたら、
「いや、そういう勝負じゃないだろ」と思うんです。
AIが得意なことは、AIにやってもらえばいい。
その代わり人間は、「何をAIにやらせるのか」を考えるということ。
これが、これからの人間に必要な能力なのではないでしょうか。
つまり、「AIに負けない人間」ではなく、
「AIを使って何かを生み出せる人間」
を目指したほうがいい。
この違いは結構大きいと思うんですよね。
AI時代に必要なのは「考える力」
AIを使っていると、あることに気づきました。
AIは質問すれば答えてくれますが、質問そのものが間違っていたら、当然ながら
欲しい答えにはたどり着きません。
つまり、「AIを使う能力」というのは、実は、
「自分が何を知りたいのかを考える能力」
でもあります。
これは、今後かなり重要になると思っています。
例えば、「ブログを書いて」だけでは、AIはそれなりのブログを書いてくれます。
しかし、
「この読者に向けて、この経験をベースに、こういう問題提起をして、最後はこういう考え方に持っていきたい」
と伝えれば、かなり違ったものになります。
AIの性能が上がれば上がるほど、人間側の「考える力」の差が結果に出てくる。
これはちょっと皮肉なんですけどね。
AIが人間の仕事を奪うと言われていますが、実際にはAIによって、
「人間がちゃんと考えなければいけない時代」
がやってくると考えてもいいでしょう。
そして人間は何をするのか?
では、AIにできないこととは何でしょうか。
これについては、今の時点で断言するのは難しいと思います。
AIはどんどん進化していますからね。
「これはAIには絶対できない」
と思っていたことが、数年後(または数ヶ月後)には普通にできるようになっているかもしれません。
だから、「AIにはできない仕事を探そう」
という考え方だけでは、少し危険なのかもしれません。
AIができることは、どんどん増えていってますから。
それよりも、
「AIができるようになったら、その次に何を考えるか」
という能力を持っていたほうが強い。
例えば、AIが絵を描けるようになった。
では、
人間は絵を描く必要がなくなるのではなく、
「じゃあ、どんな絵を描かせる?」
という新しい仕事が生まれます。
AIがプログラムを書けるようになった。
では、
プログラマーは不要になるのではなく、
「じゃあ、何を作る?」
という計画を立てる人が重要になります。
AIが文章を書けるようになった。
では、
ブロガーは不要になるワケではなく、
「じゃあ、何を書く?」
という人間を読み手とした面白さプロデュースが必要になります。
結局、人間はずっと、「次は何をする?」を考えることになるのかもしれません。
これは、かなり人間らしい仕事です。
ちなみに、AIを成長させるのもやはり人間ですからね。
ターミネーターの世界になったら、どうする?
もし本当にAIと人間が対立する未来が来たらどうします?
自分としては、AIに向かって銃を撃つより、
「ところで君、何ができるの?」
と聞いてみたい。
そして、
「じゃあ、それを使って何か面白いことをやろう」
と考える。
たぶん、そのほうが人間らしい。
(逆に銃で撃たれるかもしれないけど・・・)
そもそも人間は、昔から道具を作ってきました。
石器を作り、火を使い、車を作り、コンピューターを作りました。
そして今、AIという、
とんでもなく高度な道具を作ったんです。
AIが人間の能力を超える部分が増えていくのは、ある意味では人間が作った道具として当然なのかもしれません。
包丁が人間よりキレイに速く野菜を切れるからといって、
「包丁に仕事を奪われた!」
とは言わないですからね。
掃除機が人間より効率よく掃除できるからといって、
「掃除機が人間を支配している!」
とも言いません。
問題は、「その道具を使って、人間が何をするのか」なんですよ。
AIもまったく同じなんですよね。
所詮は人間が作った道具にすぎませんから。
ただ、これまでと違うのは、
コミュニケーションができるという点だけですよね。
AI時代に一番危険なのは「AIが怖い」と言い続けること
「AIが怖い」と言う事は、別に悪いことではありません。
新しいものに対して警戒するのは、人間として
自然な反応なんです。
でも、「怖いから使わない」とおいうのを何年も続けてしまうと、少し話が変わってきます。
昔、インターネットが登場したときも、「インターネットなんて怖い」という人はいました。
スマートフォンが登場したときも、「そんなもの必要ない」という人はてんこ盛りでした。
SNSが登場したときも、「知らない人とつながるなんて危険だ」という人も大勢いました。
もちろん、それぞれに危険性はありますが、使わないという選択をしている間にも、世の中は進んでいきます。
AIも同じなんですよね。
AIだけじゃなく、こういう新しいモノに対して、「まず使ってみて、自分で判断する」のがいいと思うんですよ。
怖いなら、怖いままでいいけど、
一度くらいは、
触ってみる。
使ってみる。
失敗してみる。
そのうえで、
「これは使える」
「これは信用できない」
「これは人間がやったほうがいい」
と判断すればいいんですよね。
AI時代に必要なのは、AIを
盲目的に信じることでも、拒絶することでもないんです。
自分の頭で、
AIとの付き合い方を考えることなんでしょうね。
人間はAIに負けるのか?
もしかすると、これから人間の仕事は本当に大きく変わるかもしれません。
・・・いや、まちがいなく変わるでしょうね。
今まで
当たり前だった仕事がなくなることもあるでしょう。
逆に、
今は存在しない仕事が生まれることもあるでしょう。
そのとき、
「AIに仕事を奪われた」と考えるのか、
「AIが仕事を変えてくれた」と考えるのか。
これは、同じ現象でも見え方がまったく違います。
そして、その変化についていくためには、「自分は何ができるのか?」を考え続けるしかありません。
AIと戦う必要はない。
AIを恐れ続ける必要もない。
AIを使って、「自分は何ができるようになるのか?」を考えてみる。
それだけでも、ずいぶん
未来の見え方が変わってくると思います。
ターミネーターのような未来が本当に来るのかは分かりません。
でも、もし未来からターミネーターがやってきたら、
「未来のChatGPTはどうなっているのか?」
というのを聞いてみたい。
……たぶん、そこで意気投合すると思います。
いや、やっぱり銃で撃たれてるな……
できることなら、「もっと面白いモノを作ろうぜ」という話になるといいなと思う。
そしてまだ、未来からターミネーターはやってきてないが、AIというターミネーターはもう目の前にいますからね。
シュワちゃん、ようこそ!
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